抗うつ薬の妊娠への影響

妊娠と薬 一般事項

 

自然流産率及び自然発生する先天異常率

自然流産の確率は、全年齢平均でおよそ15%と言われており、35歳を超える頃より増え始め、35-39歳では20%、40歳以上では40%が流産に終わるとされてる。

また、出生児の先天異常の自然発生率は、23%と言われている。

 

妊娠時期と危険度

受精から2週間(妊娠3週から4週)は、期間形成が始まっておらず、小さい障害は修復可能であり、大きな障害は胎芽死亡に直結し、「全か無か」の時期と言われている。

妊娠4週から10週(胎芽期)

器官形成期の中心であり、薬剤の暴露に最も影響される時期である。

影響を受ける時期は臓器によって異なり、例えば心血管奇形であれば4週から7週、サリドマイド薬害の経験から四肢の奇形は受精後24-36日に発生することが分かっている。

妊娠11週から15週

重要な器官の形成時期は過ぎているが、一部ではまだ分化が進んでおり、奇形を起こす危険が残っている時期。

妊娠16週から分娩まで

胎児に奇形を起こし可能性は非常に少なくなっているが、胎児の発育や機能的成長に影響がある可能性が残っている時期。

分娩直後

新生児薬物離脱症候群が問題となる時期である。

長期にわたり薬剤に暴露されたことに起因する、新生児の環境への不適応反応のことである。また、今までは母親の体で代謝されていた薬剤が、新生児自らの体で代謝しなければならず代謝の問題や、薬が代謝に伴い急に体から消えてゆこうとすることに伴う状態も含んでいる。抗不安薬に暴露されたスリーピング・ベビーや、呼吸障害、痙攣などが見られることがある。

出生後に問題になる病態で、胎児毒性とは異なった問題である。

 

男性側の暴露による、胎児への影響

子宮頚管の構造より類推し、精液が子宮頚管を通じて子宮内に入ることはまずないと言われている。(妊娠と授乳第2版10P)

精液中の薬剤が膣壁などを通じ吸収されることによる、母体への影響については2005年にレビユーがなされているが、男性の血中濃度より3ケタ以上少ないと推定されている。精液中の薬剤濃度は最高の場合においても血中の10倍程度であるから、5mlの精液に含まれる薬物が100%吸収されても、母体の暴露量は理論上男性の暴露量比して0.001%にしかならない。これはほぼ無視できる量であり、男性からの影響はないものと推測できる。

疫学研究は多くないが、男性の薬物暴露が胎児に影響をするというデーターはない。
 

 

①抗うつ薬の妊娠への影響
 

1、三環系抗うつ薬

少し前までは、スウェーデン医学的出生レジストリーからの報告で、催奇形性が認められなかったため、催奇形性はないかあっても非常に少ないと考えられていた。

しかし、近年になってサンプル数の多い研究が報告され、心血管性奇形が、薬の暴露がなかった軍と比べ、1.6-1.8倍程度のリスクがあると報告されている。ただ、このような研究が多くなされている欧米では三環系抗うつ薬の使用が少なく、そもそもサンプルが少ないという問題がある。
 

2、SSRI

パキシルにおける心血管奇形が問題になったことで、多くの報告がなされている。

パロキセチン(パキシル)

等のパキシルにおいては、近年なされたメタアナリシス(疫学統計の研究では最も信頼性が高い方法)において、概ね心血管系リスクが1.24-1.72倍程度増加するとの結果になっている。
 

セルトラリン(ジェイゾロフト)

フィンランド国民レジストリー(セルトラリン暴露妊婦869人)では、先天性奇形全体と先天性心疾患は自然発生と有意な差はなく、スウェーデン医学的出生レジストリー(セルトラリン暴露妊婦1906人)からの報告でも、奇形全体の発生率は3.5%で自然発生と有意な差はなかった。

しかし、デンマーク国民レジストリー(セルトラリン暴露妊婦259人)においては、先天性奇形全体のリスク無かったが、心房または心室中隔欠損に現地したリスクは、259例中4例に見られ、危険率3.25倍であった。

また、メタアナリシスの報告で、セルトラリンと先天奇形全体で関連性を示した報告はない。

若干悩ましい結果であるが、デンマークの報告は他の報告と比べ規模が小さく、実際の症例も4例にとどまっている。メタアナリシスは心血管奇形に焦点を当てたものではないが、奇形全体のリスクは否定されており、セルトラリンは比較的安全な薬剤である可能性は大きいと思われる。
 

エスシタロプラム(レクサプロ)

エスシタロプラムはシタロプラムの光学異性体である。この為シタロプラムの情報も必要である。

エスシタロプラムとしては、前述フィンランド国民レジストリー(エスシタロプラム暴露妊婦441人)においては、奇形発生に自然発生と有意な差はなかった。

シタロプラムとしては、フィンランド国民レジストリー(シタロプラム暴露妊婦2,799人)でも先天性奇形全体と心血管性奇形でのリスクの増加は見られなかったものの、神経管閉鎖不全が8例見られ、自然発生②と比べ2.46倍のリスク増加であった。神経管閉鎖不全のリスクを指摘した研究は、2014年の時点では、この報告だけである。

スウェーデン医学的出生レジストリー(シタロプラム暴露妊婦2701人)においても、先天性奇形全体と心血管奇形の増加は見られていない。

オーストラリアからのメタアナリシスの報告も、シタロプラムと先天性心血管全体との関連性は示されなかった。

エスシタロプラムに関しては新しい薬ということで、症例数がまだ少なくはっきりした結論は出せないが、シタロプラムに関しては催奇形性という観点では比較的安全な薬剤と言って良いように思われる。

また、現時点でエスシタロプラムにおいても、過度な心配をする必要は少ないと思われる。

 

3、SNRI

SSRIに比べ、妊娠服用に関する報告が少ない。

その中で、スウェーデン医学的出生レジストリー(SNRI全体で暴露妊婦737人)において、先天性奇形は28例(3.8%)でレジストリー全体の発生率4.7%と比し、却って少なかった。同報告で、ヴェンラフキシン(イフェクサー)暴露妊婦505人の先天奇形は3.6%見られたが、自然発生と同等であった。

ミルナシプラン(トレドミン)は北米で発売されておらず、世界レベルでの使用例も少なく情報は限られている。

デュロキセチンも疫学報告は1つだけで、その報告では催奇形性のリスクは実証されていない。北米・ヨーロッパの奇形センターからの報告では、妊娠初期に暴露した児165例中1例に先天奇形を認めその率は1.8%と対照群と有意な差はなかった。

報告は少ないが、2014年時点ではリスクを示す所見は見られていない。

 

4、NaSSA

ミルタザピン(リフレックス、レメロン)のみが発売されている。

症例数が少なく、検討が困難である。

スウェーデン医学的出生レジストリーの報告では、暴露妊婦145人及びヴェンラフォキシンと同時暴露妊婦9人から、5人(3.2%)の奇形が報告されている。

 

②抗不安薬の妊娠への影響
 

抗不安薬の中心である、ベンゾジアゼピン系薬物と先天性奇形の関係は、以前から口蓋裂の増加が指摘されていた。

しかし、1998年に発表されたメタアナリシスにおいて、科学的に否定されている。

コホート研究のメタアナリシスでは、口蓋裂と口蓋裂を含む大奇形の危険率は、それぞれ1.19倍、0.90倍であった。この数字は、ベンゾジアゼピン系薬剤が、先天性リスクを増加しない可能性を示唆している。その後に出された追跡調査も2件あるが、いずれも催奇形性を否定できる内容となっている。

イスラエルの奇形情報サービスによる報告では、ベンゾジアゼピン系薬剤曝露群と非曝露群おける奇形発症率は、順に355人中11人(3.1%)382人中10人(2.6%)であり、危険率は1.12倍であった。

スウェーデン医学的出生レジストリーからの報告でも、妊娠初期にベンゾジアゼピン系薬剤に暴露された1979人の新生児における先天性奇形発生率は5.3%であった。この数字はどうレジストリーにおける、先天性奇形の自然発生率4.7%と危険率1.12倍であり、有意な差はなかった。同じく口蓋裂に関しては、危険率0.38倍とリスクの増加を認めなかった。

このように、ベンゾジアゼピン系薬剤においては、奇形発生リスクが完全に否定まで話されていないが、一般の危険発生リスクを大きく上回ることは無いと思われる。

しかし、この多くの研究は、ジアゼパム・オキサゼパム・アルプラゾラム・ロラゼパムが大半を占めており、特定の対象に偏ってしまっている。日本で開発されたこともあり、国内で多く使用されているエチゾラム(デパス)に関しては、情報はかなり限定されていると言わざるを得ない状況である。

また新生児薬物離脱症候群においては、報告も少なくなく、危険性への理解は必要な状況である。

 

③睡眠薬の妊娠への影響
 

睡眠薬は、現在ベンゾジアゼピン系薬剤もしくはベンゾジアゼピン受容体作用薬が中心的に使われており、この系統の薬剤に関しての催奇形性リスクは、個別薬剤の情報自体は少なく、概要としては上記抗不安薬と同じと考えられている。

新規に上市された、メラトニン受容体作動薬(ラメルテオン:商品名ロゼレム)、オレキシン阻害薬(スボレキサント:商品名ベルソムラ)に関しては、市販後間もないことから、まだ十分な情報が示されていない。

 

④感情調整薬の妊娠への影響
 

リチウム(リーマス)

エブスタイン奇形の発生率が上昇するとして、妊婦への投与は禁忌とされている。

近年の研究では、エブスタイン奇形の発生は、最大で1000例に1例であり、一般的な同奇形の発生数20,000例に1例の20倍と考えられている。

また、他の心血管奇形や流産の増加も指摘されている。

 

バルプロ酸ナトリウム(デパケン)

抗てんかん薬として開発され、双極性感情障害への効果が認められている薬剤である。

容量依存性に大奇形の発生率が上がり、無視できないリスクを示している。

リスクが高くなる奇形は、神経管閉鎖不全・心房中隔欠損・口蓋裂・尿道下裂・多指症などである。

この為、妊婦への投与は原則禁忌であり、多剤に変更することが望ましい。

 

ラモトリギン(ラミクタール)

抗てんかん薬として開発され、双極性障害における感情安定作用が認められている薬剤である。投与初期に、重症化しやすい皮疹が問題となっているが、抗てんかん薬の中では、催奇形性が低いという研究が多く出され、その量も新規抗てんかん薬の中では充実している。

抗てんかん薬服用時の大奇形発生率は、Yerbyらのレビュー(A comprehensive textbook 2nd edition)によれば、下記である。

母がてんかんで抗てんかん薬を服用中に出生   6.1

母がてんかんで抗てんかん薬を服用せずに出生  3.0

一般対照群(非てんかん群)          2.1

これに対し、ラモトリギン単剤投与の場合、3.0%に近い数字が報告されている。催奇形リスクは、少ないと考えられる。

 

⑤抗精神病薬の妊娠への影響
 

抗精神病薬の一部は、抗うつ効果や双極性障害に対しての治療効果が認められている。

このため、うつ病・双極性障害の治療の第2もしくは第3選択薬として、主として抗うつ剤もしくは感情調整薬と併用して用いられている。

抗精神病薬の大奇形発生リスクを検証した研究は少ない。その中で、比較的大規模な研究は下記であり、若干の心血管奇形増加リスクを示唆している。ただ、これらの研究も、個々の薬剤については検証ができないほどの小規模なもので、結論が出せているとは言えないことに注意が必要である。

特に、抗精神病薬に暴露されたハイリスク児は、慎重に奇形発生を調査されるため、すぐに発見しにくい心房中隔欠損や心室中隔欠損が早期に発見されうる。このことで、検出バイアスがかかり、奇形発生率が増えたとの指摘もあることへの留意は必要と思われる。

 

スウェーデン全国民レジストリー

妊娠初期に抗精神病薬に暴露した576人の大奇形発症率を、同時期に出生した乳児前例と比較。

オッズ比1.52 やや優位な増加を示していた。

最も増えていた奇形は、心房中隔欠損・心室中隔欠損であった。

 

ドイツの前向きコホート研究

妊娠第1三半期に、第1世代抗精神病薬(ハロペリドール・クロルプロマジン・ブロメタジン等)に暴露された児213人、第2世代抗精神病薬(リスペリドン・オランザピン・クエチアピン・クロザピン等)に暴露された児430人、催奇形性薬剤に暴露されていない児1,014人の大奇形発生率の比較。

オッズ比2.17(交絡因子調整後) 有意な増加を示していた。

1世代・第2世代間での優位な差は認め無かった。

スウェーデン全国民レジストリーと同様に、最も増えていた奇形は、心房中隔欠損・心室中隔欠損であった。